2017_04
14
(Fri)05:04

地震から一年



その日がやってきました・

一年が長いような短いような「4・14」

2016・4・14 21時26分
あれから一年

いろんな思いをしました・

恐怖感、絶望感の時間の中にも
皆様からいただいた激励とお見舞いの温かい言葉がどんなに心強かったことでしょう。
食料品も送ってくださいました・
感謝の気持ちでいっぱいです・
心からお礼申し上げます。


熊本地震でたくさんの尊い命が奪われました・
あらためてご冥福をお祈りします・
残されたご遺族の方がたに心からお悔やみ申し上げます・


私の家族はどうにか命がありました。


きよし君の歌(避難所できいたズンドコ節)
TVに映るきよし君を皆さんがくいいるように見ていました・
私もただ見つめるだけでしたが、目には涙が溢れていたのを思い出します・
歌われたあと、みなさんから拍手が起こりました。


歌は元気をくれます・
これほどそう感じたことはありません・

きよ友さんはまだ「みなし住宅」で生活をされています・
住まわれていたマンションの近くまで行きました・
マンションは所々が崩れ落ちていました。
もう解体しかないそうです・

今もまだ仮設住宅で生活され、自宅がない方がたくさんおられます・
一日も早く震災前の生活になりますようにと祈ります・

避難所に
芸能界、スポーツ界、相撲界、演奏家、いろんな分野のみなさんが激励に来てくださいました。
ニュースに流れるみなさんの笑顔が嬉しかったです・
熊本県民の一人としてお礼申し上げます・
(きよし君もお忍びである場所に来られています・ありがとうございます。)

最近、「熊本城」に行ってきました・
ここにも大変な傷あとが残りました・
復建まで20年はかかるそうです・

再建したその時私はこの世にいるでしょうか?

熊本のシンボル「熊本城」をしばらくは見ることが出きません・

そして、最近
隣近所のみなさんと地震のことで話し合いをしました・
今度また大きな地震が起こったら、この場所に集まりましょう~と避難場所を決めました・

去年は避難所に行くことはなく自宅で待機された方から、夜になるとどの家も真っ暗で不安だったと聞き、
私が「では家の前の避難場所(地震が起きてから)」を決めておきましょうよ。
それから何処の避難所にするかを考えましょう~」
と提案しました・

みなさんから、そうしましょう~そうしましょう~の声が・

安堵な表情で笑顔になりました・

何かあったら、遠い親戚より近くの方々ですからね・

考えてみると私たちはまだ恵まれていました・
恐怖感は皆さん同じですが、水、電気、食料、寝場所、トイレなどは、
2日目には不自由さは半減していました・

でも白ご飯にはかなり時間はかかりましたが、それは贅沢なことでした・
食べられるだけでもいい、寝る場所があり、トイレの心配もありませんでしたから・

避難所にいる方で家が全壊、半壊以上の方もおられ、みなさんと涙しました・

自宅から避難所に行く方々の顔は恐怖と疲れから無表情で、ただ歩いているだけでした・
私もそうでした。
みなさん必死に生きていました・

16日深夜1:25の本震のときは
家がガタガタ揺れ、その時間は長く
「あ~もうだめ」命はここまでと思い今は亡きガクと抱き合っていました・
私とガクは1階、主人は身体が弱いので二階に寝せました・(下敷きにならないように)

家の被害は幸いバスルームだけでした。


一日に何度もくる余震におびえ、あの震度7がまたくるのかと思い生きた心地はしませんでした・
一年たった今でも弱い地震が起きています・

地震国日本です・
日本列島に大きな地震がおきませんように!と祈りながらこの日を迎えました・


そして
笑顔で毎日を過ごそうと思いました・
一度しかない人生ですから・・・
頑張ろうなんて思わず自分らしく生きてみようと!!



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